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レコパとワールドカップ
神戸でのスーパースター

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“御崎”“ユニバー”“ウイング”。町と地域のメッカは神戸と世界を結ぶ
レコパとワールドカップ
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JALレコパ・ファイナル・プログラム

 驚くべきは、JALレコパ・ファイナルのような南米チャンピオン同士の対戦が92年(コロコロ・チリ対クルゼイロ・ブラジル)94年(サンパウロ対ボタフォゴ。ともにブラジル)と2回にわたってユニバー記念競技場で行なわれたこと。南米連盟の公式試合を地球の反対側へ移すほど、神戸のサッカーは、御崎やユニバー競技場を通じて世界に知られていたといえる。

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1985ユニバーシアード 日本×USA戦
(写真 : © PHOTO KISHIMOTO)

 

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ロナウジーニョ
(ブラジル:写真は2006年大会)
(写真 : © PHOTO KISHIMOTO)

 2002年ワールドカップでは1次リーグのロシア対チュニジア(H組)スウェーデン対ナイジェリア(F組)とノックアウト・ステージ1回戦のブラジル対ベルギーがウイングスタジアムで行なわれた。

 グループ・リーグでは、日本と同じ組のロシアとチュニジアを眺めながら、目の肥えた神戸のファンは日本のグループH突破の希望を感じただろうし、6月17日のブラジルのプレーで、ロナウドの復調を目の当たりにし、リバウドとロナウジーニョの三羽烏の連係プレーにカナリア軍団のタイトル奪取の可能性を見た。

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ロナウド(ブラジル)
(写真 : © PHOTO KISHIMOTO)

 数々の国際試合、FIFAユースやユニバーシアードを手がけてきた神戸市と市民にとっても、世界的なワールドカップはまた格別な意味となった。
 日本代表のひとつのゴール、ひとつの勝利のたびに全土が興奮したこの大会によって、神戸市と市民が、自分たちがバックアップしてきたサッカーというスポーツが、いよいよその根を深く下ろし、枝葉を広げるに違いないことを改めて感じたのだった。